ポストコロナのベーシック・インカム―その財源は?

掲載にあたって:この文章はBIに関して1000字程度でまとめてほしい、との依頼を受けて記したものです。しかしBI最大の論点である「財源」論を全面に出し、反緊縮的観点の必要性を訴えたところ、全面修正を求められたため取り下げ、こちらで公表します。

 

 ベーシックインカム(BI)は最低限の生活を保障する現金を、政府が居住者に一律給付する制度です。世界的なコロナ経済危機によって収入が減少した人や、失業した人が急増していることで、再び導入を求める声が高まっています。2017年から2年間にわたってフィンランドで行われたBI導入実験は、受給者の満足度が高まったという結果でした。スペインでは経済危機対策として、生活保護に近いものながら「BI」という名の政策が導入されました。

さて、BI導入の最大の論点は、「財源」です。これまで提案されたような増税・課税、支出削減、社会保障の組み替えももちろん必要ですが、それだけでは十分とは言えません。特に税を「財源」とするBIは、増税への強い反発が予想されるため、導入は容易ではありません。では、どうすればよいのでしょうか。

今回、各国の政府は給付や補償のために、数十~数百兆円規模の、前例のない財政出動に踏み切りました。当然、増税によって財源を確保してから行ったのではなく、国債発行で「財源」を賄ったのです。これは近年、欧米で躍進した新しい左派・リベラル潮流の掲げる反緊縮経済理論が、広く知られるようになったことが大きいと考えられます。反緊縮経済理論には、主に①通貨発行権を持つ政府は財政破綻しない、②税は財源でない、などの共通見解があります。BIの導入にも、このような考え方が不可欠です。

この方法で懸念されるのは物価上昇圧力ですが、ふなご靖彦議員(れいわ)が参議員調査情報担当室に委託したシミュレーション(5月26日公表)では、1.2億人に1人あたり毎月10万円の給付を4年間行っても、物価上昇率は最大1.8%に留まるという結果が出ています。また、炭素税などのバッズ課税(悪いものを減らすために課す税)や、累進所得税、AI課税などを組み合わせれば、物価上昇を抑えられるだけでなく、気候変動対策や再分配政策としても有効です。

国際化した現代、世界的な感染症の流行は今後も繰り返し起こるでしょう。また遠くない未来、AIやロボットによって多くの雇用が失われることが予想されます。だからこそ、従来とは異なる発想で、労働や貨幣の価値を問い直し、経済・社会の構造を大きく変えることが求められています。

 

 

参考文献

 

ガイ・スタンディング(2018)『ベーシック・インカムへの道』プレジデント社

井上智洋(2018)『AI時代の新・ベーシックインカム論』光文社新書

原田泰(2015)『ベーシック・インカム中公新書

朴勝俊・長谷川羽衣子・松尾匡(2020)「反緊縮グリーン・ニューディールとは何か」『環境経済・政策研究』13 巻 1 号 p. 27-41

 

消費税の複数税率化(軽減税率)についての見解―「ティーケーキ」はケーキ?それともビスケット?

掲載にあたって:2013年に記した文章です。その後、2019年に軽減税率が導入されました。
 
1. 軽減税率について
 消費税は一般的に、逆進的で不公平な税と言われます。支出額を基準に考えれば、消費税は比例的な税(買い物した金額に比例して多く負担する税)です。しかしながら、所得が大きい人ほど所得の大きな部分を貯蓄するので、高所得者ほど所得に占める消費税負担の割合は小さくなります。この不公平性を緩和するために、消費税の増税の際には必需品(食糧品、エネルギー、場合によっては新聞など)に対して軽減措置を導入せよという意見があります。しかし、軽減税率は不公平性を緩和する効果をもたず、税制を歪め税収を損ない紛争を引き起こす結果をもたらします(詳しくは、西山由美(2011)「EU付加価値税の現状と課題-マーリーズ・レビューを踏まえて-」『フィナンシャル・レビュー(財務省財務総合政策研究所)』平成23年第1号、pp. 146-165を参照)。


2. 高所得者の方が利益を受ける軽減税率
その理由としてはまず、必需品とされる財はいかなるものであれ、必ずしも低所得者だけが購入するものではありません。高所得者も食糧やエネルギーを必ず消費しますし、そうした品目への支出の絶対額(使うお金の総額)は低所得者よりも大きくなります。ですから、複数税率によって利益を受けるのはむしろ高所得者なのであり、税負担の公平性を高める効果はありません。


3. 「ティーケーキ」はケーキ?それともビスケット?
 次に、軽減税率の対象品目と非対象品目を区別することは難しく、商店にとっても税務職員にとっても厄介で無益な仕事を増やし、場合によっては訴訟沙汰を引き起こすことにつながることが挙げられます。例えば、イギリスではティーケーキ(図)が、ケーキなのかビスケットなのかを巡って裁判になったことがあります。これがビスケット(標準税率対象)に分類されて12年間にわたり課税されてきたが、これはケーキ(軽減税率対象)だから余計に払った350万ポンドの税を返せという、大手小売会社からの訴えに対し、最高裁が「ケーキである」との判決を出したのです。他にも、ハンバーガーショップで食べた場合とお持ち帰りした場合や、軽減税率の対象商品と非対象商品が一つの箱に入れられて売られている場合などで、さまざまな厄介ごとが発生しているのが実情です。このような問題を引き起こさないように、軽減税率を導入しない前提で設計されたカナダやニュージーランドシンガポールなどの消費税からは多くのことを学ぶことができます。低所得者の消費税負担を軽減しようとするなら、給付付き税額控除(低所得者が申告すれば支払った消費税を返してもらえる制度)を導入する方がはるかに効果的で望ましい施策だと言えます。


4. 必要なのは、軽減税率導入の経験を学ぶことと、それを誠実に説明すること
「軽減税率を導入すれば低所得者の負担軽減になる」という意見は、一見、低所得層に配慮し、社会的な公正を追及するもののように思えます。しかし、税制というものは導入前には予想もできなかった副作用をもたらすことも多く、また、期待していたような効果が出ないこともしばしばです。軽減税率は欧州をはじめ世界各国で既に導入されており、その影響や効果についても詳しい研究が行われています。軽減税率についての導入を検討する前に、私たちは各国の経験に学ばなければなりません。2010年に発表された軽減税率についての研究の集大成である『マーリーズ・レビュー』は、軽減税率について、「軽減税率は低所得者の負担軽減にはならない」という結論を下しました。しかし、日本では、多くの政治家がこの研究結果を踏まえず、「軽減税率の導入」を主張しています。これは、そのほとんどが『マーリーズ・レビュー』を読んでいないからだと考えられ、明らかに勉強不足です。
 軽減税率のように、税制は実情とはかけ離れた「イメージ」が先行しているものも多く、導入の議論の前に必ず事例を学び、それを誠実に説明する責任が政治家にはあると、私は考えています。従って、私は安易な軽減税率の導入論に賛成することはできません。必要なのは、より公正な再分配のしくみであり、それは軽減税率ではなく給付付き税額控除(低所得者が申告すれば支払った消費税を返してもらえる制度)だと考えます。
 

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220兆円の政府支出の「財源」をめぐる、ステファニー・ケルトン教授のツイッター・スレッド

2020年3月23日投稿、2020年3月27日翻訳

米国はコロナ危機に対し、2兆ドル(220兆円)という歴史的に前列のない財政出動を行うことを議会で合意しました。

かつての世界恐慌では29年の株価暴落後、フーバーが均衡財政を取り続け大不況を招きました。当時の「常識」は金本位制でした。しかし、フーバーに代わって大統領となったルーズベルト金本位制からの離脱を決断し、劇的な回復を実現しました。日本では、ルーズベルトに先駆けて、高橋是清金本位制からの離脱を決断し、深刻な不況からのいち早い回復を実現しています。

危機には「伝統的観点」や「常識」に囚われない対策が必要だと、歴史が証明しています。220兆円の政府支出の「財源」をめぐるMMTケルトン教授のスレッドを翻訳しました。
 
 

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220兆円の政府支出の「財源」をめぐる、ステファニー・ケルトン教授のツイッター・スレッド(2020年3月23日投稿、2020年3月27日翻訳)

民主党予備選挙の議論で、「財源[1](pay for)」とは何を意味するのかを人々に説明する、大きな機会を逃した。そして連邦議会が2兆ドル(220兆円)以上を「財源」なしで支出しようとしている今こそ[2]、私たちは財源が意味することについて話しをしなければならない。

第一に、連邦議会の支出の「財源」とはどういう意味なのか? 私は上院で働いていたが、このフレーズは予算の世界では具体的な意味を持っている。議員が法案を起草する際、スタッフはしばしば他の議員たちに案を提示して支持を得ようとする。
そのさい必ずスタッフが受ける最初の質問は「財源は?」である。だから、例えば1兆ドルのインフラ建設法案であれば、どうやって赤字を増やさずにその支出を完全に相殺する計画なのかを、議員たちは知りたがる。これが「財源」の意味するところなのだ。
これは通常、増税を伴う。十分な新しい「収入源」を示せたら、支出案の「財源」となる「資金源」を見つけたと主張することができる。これがペイゴー(PAYGO=Pay As You Go、財源の範囲内で支出すること)の背景にある考えだ。赤字を増やすなということなのだ。

議会が完全に「財源を確保した」支出法案を可決すると、連邦準備(中央銀行)に2組の指示を出す。ひとつめは(支出が行われる時に)FRBに対して特定の預金口座に「プラス」せよとの指示である(これについては別の箇所で詳しく説明している)。
もうひとつは(人々や企業が税金を払う時に)、FRBに他の特定の預金口座を「マイナス」するよう、指示することである。結局のところ、ペイゴー(PAYGO)は政府が支出によって「プラス」したのと全く同じ金額を、税によって「マイナス」することを意味する。

私たちは、これが「責任ある財政」だと誤解させられている。政治家は自分が優先的に行いたい政策の「財源」を示すことによって「真面目」だとみなされる。「帳尻が合う」ことによって、その計画は「信頼できる」とみなされる。ばからしい!

動画でオカシオ=コルテスが述べているように、連邦議会は「いつだって」、FRBにたったひとつの指示を出す法律を制定する権限がある。それが、まさにいま、行われていることだ。アメリカを襲っている経済的打撃を和らげるための、2兆ドル(220兆円)の支出パッケージについて、誰も「財源」を求めようとはしていないのだ。

今、その支出を相殺しようとするのは、狂気の沙汰だ。なぜか? 私たちの経済は支出によって回っているが、まさに今、その支出が崩壊しつつあるからだ。私たちはFRBが今すぐに、預金口座に「プラス」することを、そしてそれ以上の金額を「マイナス」するようなことがないことを望む。

平時でも、支出を収入で相殺せずとも、やれることは多い。例えば、サンダース上院議員は、810億ドル(約9兆円)の医療債務を帳消しにすることを提案した。これは、相殺なしで簡単に実行可能だ。医療債務を帳消しにすることで、人々はその分のお金を他の用途に使うことができる。

このことは、消費支出を(他の返済や貯蓄とともに)押し上げるであろうが、米国経済は増えた分の消費支出に容易に対処できる。インフレを加速させるリスクがなければ、相殺も必要ないということだ。

もうひとつの例を挙げよう。私を含む何名かの経済学者は学生ローンを帳消しにするという提案について、モデル分析を行った。マクロ経済的な効果を調べたところ、「財源を求める」ことに経済的な意味はないことが分かった(www.levyinstitute.org/pubs/rpr_2_6.pdf)。

しかし、それがいつも当てはまるわけではない。一部の支出案は非常に金額が大きいため、相殺(つまり「財源調達」)を必要とする。これらの案は、確かにインフレにつながる。需要の増加という観点から見ると、相殺が必要となるまで、経済はどのくらいの金額なら対応可能なのだろうか。

実際には、ほとんどの場合、経済には十分な余裕があり、相殺なしで連邦支出の拡大(または減税)を行うことができる。これを「財政スペース」としよう。民主党の大統領候補が提案していたことの「一部」を行うには、十分な財政的余裕があったのだ。

しかし我々(民主党の支持者)はそれを認めなかった。代わりに、全てに「財源」が必要だと考えたのだ。取りやすい場所に果実は実らないと考えたのだ。1兆ドルの赤字(または数兆ドルの財政債務)に直面していたため、限界だと考えたのだ。

いま、何が起きているかを見て、そこから学んでほしい。そして、私たちがこの危機を乗り越えた時、通貨発行権を有する政府の支出能力について、新たな理解を得よう。それが必要だ。

※原文で大文字の箇所は、太文字にしています

[1] ここでは原文の pay for という動詞を、文脈に応じて「財源」などの名詞として訳している。
[2] トランプ政権と与野党の議会指導部は25日未明(日本時間同日午後)、新型コロナウイルス対策として2兆ドル(約220兆円)規模の景気刺激策で最終合意した。

反緊縮経済学の3つの潮流

掲載にあたって:この文章は「ひとびとの経済政策研究所」に掲載されている松尾匡氏の文章を元に、2019年にまとめたものです。

 私たちの言う反緊縮経済学には、左派ニューケインジアンと現代貨幣理論(MMT)、および公共貨幣論信用創造廃止論)という3つの潮流があります。いずれも反緊縮の政策に対して有効な示唆を与えてくれるものですが、問題意識や考え方、用語の定義などに根本的な違いもあり、互いに激しい論争もあります。

左派ニューケインジアンは、米国のケインズ派経済学者たちが、政府介入が無効だとする新しい古典派に対抗しながらも、その数学的手法や「合理的予想」という考え方を取り入れて、財政支出や金融緩和の有効性を示す理論として発達させてきました。

現代貨幣理論(MMT) は、財務省中央銀行財政支出に関する実務を観察し、政府が税金を取らなくても政府支出が可能なこと、それどころか政府が支出して「赤字」を出すことによって、初めて世の中におカネ(準備預金や国債)が出回ることなどを明らかにしました。彼らは、量的金融緩和は無効だとして左派ニューケインジアンを批判します。また、次の公共貨幣論の考え方にも否定的です。

公共貨幣論は1929年以降の米国の世界不況の中から、民間銀行の信用創造(貨幣創造)がバブルや不況を引き起こすというフィッシャー教授の分析から生まれたものです。銀行の信用創造をやめさせるために、銀行の準備預金率を100%にすることと、政府が直接に貨幣を発行することを求めています。

 

表 反緊縮経済学の三潮流

 

左派ニューケインジアン≒リフレ

現代貨幣理論(MMT

公共貨幣論信用創造廃止論)

問題意識

新しい古典派による政府介入無効論への対抗。

物価の安定と経済成長と最大限の雇用の実現。

均衡財政主義の弊害。

信用バブルの発生。

インフレ防止と雇用の両立(フィリップス曲線の否定)。

政府債務の増大。

債務貨幣システムの持続不能性。

民間銀行の信用創造(貨幣創造)による支配力批判。

貨幣発行権が政府ではなく銀行に握られていること。

国債は貨幣か否か

国債を貨幣だとは見なさない。

国債も、日本銀行券のような現金も政府の債務証書であり、同じように貨幣だと考える。

国債は銀行等が税金から利子を吸い上げる手段。政府紙幣中央銀行券は債務にならない。

中央銀行

政府の一部であり、政府と協調すべき存在と考える

政府の一部であり、政府と協調していると考える。

中央銀行は、民間銀行の代理機関だと考える。

量的金融緩和

実質金利や為替レートの操作に一定の有効性があると考える

無効、つまり貨幣と貨幣を交換しても意味がないと考える。

無効と考える。政府が赤字を出すなら、貨幣を発行した方がよい。

政策提言

非伝統的金融緩和政策、拡張的財政政策、中央銀行の財政ファイナンス

インフレが許容範囲である限り財政赤字を問題にしない。雇用保障プログラム。

銀行に100%の準備預金を義務づけて、信用創造を廃止する(シカゴプラン)。

政府の貨幣発行権の確立。

主な「仮想論敵」

緊縮派、新自由主義者、新しい古典派

左派ニューケインジアンを含む「主流派経済学」

政府の貨幣発行権を支配する民間金融機関

代表的論者

クルーグマン、レン=ルイス、ウッドフォードほか

レイ、ケルトン、ミッチェルほか

フィッシャー、ザーレンガ、初期フリードマン、ブラウン、山口薫ほか

共通する考え

<財政>
①均衡財政/財政黒字至上主義を否定
②政府による財政出動を重視
<金融>
③物価安定を重視(デフレと極度のインフレを問題視)
国債又は通貨発行による景気コントロールを重視
<税制>
⑤デフレ・不況下の消費税増税を否定
⑥再分配としての税制を重視
<「敵」>
新自由主義
⑧緊縮主義

 

 

2019参議院選挙の結果分析ーれいわ新選組の躍進は日本における「左派ポピュリズム」の先駆け

掲載にあたって:このオピニオンは、2019年7月の参議院選挙直後に記したものです。


 (1)全体の結果分析―3分の2議席阻止も投票率の低下に大きな課題

 今回の参院選は、かろうじて「改憲勢力」が3分の2議席を維持することを阻止しました。しかしその一方で、投票率は前回の参議院選挙よりも6%ポイント近く減少、戦後2番目に低い48%に留まりました。低投票率を受けて各政党の得票も減少、自民党は約260万票(-13%)、公明党は109万票(-14%)、民主党系(国民・立憲・自由)は約150万票(-12%)、共産党は約160万票(-26%)、社民党は約50万票(-32%)を失いました。日本維新の会は28万票(-5%)で、これは実質減らしていないことになります。与党への期待は低下しているものの、与党批判層を立憲野党側が受け止められていないことが読み取れます。

 一方、今回躍進した、れいわ新選組は約230万票、NHKから国民を守る党(以下N国党)は99万票を獲得し、政党要件を獲得しました。与野党の減少幅を見ると、非自民で民主系にも批判的な、これまで消極的に共産党社民党に投票していた層が、れいわ新選組に投票したと推測されます。

 新党の躍進はあったものの、残念ながら今回の参院選では投票に行かない層が大幅に動いたわけではなく、投票に行く層が一部棄権に回り、一部が既存政党から新党に投票先を変えた、というのが実情だと考えられます。

 

(2)投票率とメディアの関係―SNS利用とロスジェネの支持

 投票率が上がらないのには様々な要因がありますが、そのひとつにテレビでの選挙報道の減少が考えられます。地上波のNHKと民放5社の、「ニュース/報道」番組における参院選報道の減少は顕著で、前回から約3割減、民放だけなら約4割減っている、と報じられています[1](※朝日新聞2019年7月19日)。一方で、日本では多くの場合、政党要件のない新党を、テレビを含む大手メディアが取り上げることはありません。躍進したれいわ新選組も、情報の発信はインターネット交流サイト(以下SNS)に頼っており、SNSを頻繁に使う層がれいわ新選組等に投票したと考えるのが妥当です。SNSを頻繁に使う層≒非高齢者層と推測され、これは「れいわを選んだ有権者を年代別に見ると40代以下が6割を占めた」という調査結果と合致します[2]。この記事では、共産党社民党の支持層が「8割近くが50代以上」であり、れいわ新選組とは「対照的」であるとも報じています。

 れいわ新選組を強く支持した40代、30代はいわゆる「ロストジェネレーション」、「就職氷河期」と呼ばれる世代です。バブル崩壊前後に成長し、崩壊後の最も景気が低迷した時期に社会に出たため就職に苦労し、非正規雇用として不安定かつ低賃金で働いている人も多く、将来不安を煽られ続けて来ました。また、民主党政権の誕生と崩壊を目の当たりにし、既存の政治への期待と失望を経験してもいます。

 では、れいわ新選組の何が、SNSを利用する「ロスジェネ」世代を引き付けたのでしょうか。

 

(3)反緊縮的経済政策―欧米の「左派ポピュリズム」とれいわの共通点

 欧州では、移民排斥・EU離脱を掲げる極右政党が台頭する一方で、ギリシャの「急進左派連合」(シリザ)や、スペインの左派政党「ポデモス」、さらにはジャンリュック・メランションが率いるフランスの左翼政党「不服従のフランス」が躍進しました。イギリス労働党内では長年、党内で顧みられてこなかったジェレミー・コービンが若手世代の圧倒的な支持を得て党首となり、アメリカ大統領選でヒラリー・クリントンと最後まで民主党候補の座を争ったバーニー・サンダースも、若者世代から大きな支持を得ています。

 これらの左派新党及び、左派政党の新しい流れは「左派ポピュリズム」と言われています[3]。その理論的支柱であり、右派ポピュリズムに対する「左派ポピュリズム」の必要性を訴えたのが、エルネスト・ラクラウとシャンタル・ムフです。ラクラウとムフは、「既成の政党やリベラル・デモクラシーが機能不全に陥っている」といった危機感のもと、これまで「大衆迎合主義」と訳され、悪い意味で使われてきた「ポピュリズム」を再定義し、積極的に政治に取り入れることを提案しました。ポピュリズムとは敵を定めて味方をまとめる政治手法ですが、「右派ポピュリズム」が「外国人」や少数者を敵と定め「愛国者」をまとめるのに対して、「左派ポピュリズム」は富裕層・支配階級(エリート/エスタブリッシュメント)を「敵」と定め、その他99%、労働者、失業者、貧困層、女性、性的・人種的・宗教的・人種的マイノリティ、学生、障碍者環境保護派、子育て層、高齢者などをまとめることを目指します[4]。また、公務員や社会保障受給者を敵とする「新自由主義ポピュリズム」も存在し、日本維新の会はその典型です。

 そして、この「左派ポピュリズム」が、富裕層・支配階級を打ち破り、貧困をなくすための解決策として掲げるのが、反緊縮的経済政策です。細かな違いはあるものの、金融緩和と財政出動、デフレ下での消費税反対などは共通しており、これはまさに、れいわ新選組の経済政策です。エリート迎合主義に対抗し、大多数の人たちのための政策(反緊縮的経済政策)を掲げる政治運動、というのが「左派ポピュリズム」の本質であり、れいわ新選組は日本における「左派ポピュリズム」の先駆けとも言えます。

 また、ラクラウとムフは「左派ポピュリズム」を単なる大衆迎合とは異なり、「経済的な格差への不満を吸収するだけでなく価値観を体現する」と定義します。その意味でも、今回、重度障害の当事者2名を特別枠で擁立したれいわ新選組は、自身の価値観を体現したという点で「左派ポピュリズム」だと言えるでしょう。欧米の「左派ポピュリズム」が若者の支持を集めたのと同様に、日本の「ロスジェネ」も、れいわ新選組を支持したのです。

 今回、政党要件のなかったれいわ新選組はテレビをはじめとするメディアにはほとんど取り上げられませんでしたし、棄権する層の大多数を動かすには至りませんでした。しかし今後、政党要件を獲得したれいわ新選組の存在と、掲げる反緊縮政策はこれまでより広く認知されることとなるでしょう。ロスジェネをはじめ、「失われた20年」のデフレ不況で格差・貧困に苦しむ人々がそこに希望を見出せば、欧米の「左派ポピュリズム」ように大きな支持を集める可能性もあります。日本の「左派ポピュリズム」は政治に失望し、棄権していた層を動かせるのか。今後注目する必要があります。

 

 

<参考記事・文献>

「視聴率取れない」参院選、TV低調 0分の情報番組も(朝日新聞2019年7月19日)
https://www.asahi.com/articles/ASM7K6X5XM7KUCVL02H.html

れいわ、40代以下からの支持が6割 朝日出口調査朝日新聞2019年7月22日) 

https://www.asahi.com/articles/ASM7M63N5M7MUZPS00G.html

山本太郎れいわの衝撃。日本政治に誕生した「左派ポピュリズム政党」とどう向き合うか?(ハフポスト、2019.07.22)

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5d357f49e4b0419fd32f6c8d

いま「左派のポピュリズム」に注目すべき理由(朝日新聞GLOBE+ 2019.03.28)

https://globe.asahi.com/article/12241185

世界が反緊縮を必要とする理由(Newsweek 2018.08.01 野口旭)

https://www.newsweekjapan.jp/noguchi/2018/08/post-17.php

 

スタックラー&バス著、橘明美ほか訳『経済政策で人は死ぬか?』(草思社、2014)
シャンタル・ムフ著、山本圭訳『左派ポピュリズムのために』(明石書店、2019)
松尾匡・朴勝俊・井上智洋ほか『「反緊縮!」宣言』(亜紀書房、2019)
ヤニス・バルファキス著、朴勝俊ほか訳『黒い匣 密室の権力者たちが狂わせる世界の運命―元財相バルファキスが語る「ギリシャの春」鎮圧の深層』(明石書店、2019)

 

[1] 「視聴率取れない」参院選、TV低調0分の情報番組も(朝日新聞2019年7月19日)
https://www.asahi.com/articles/ASM7K6X5XM7KUCVL02H.html

[2] れいわ、40代以下からの支持が6割 朝日出口調査朝日新聞2019年7月22日)
https://www.asahi.com/articles/ASM7M63N5M7MUZPS00G.html

[3]シャンタル・ムフ著、山本圭訳『左派ポピュリズムのために』(明石書店、2019)

[4]松尾匡・朴勝俊・井上智洋ほか『「反緊縮!」宣言』(亜紀書房、2019)

財政破綻論者への公開質問状


掲載にあたって:この公開質問状は、反緊縮を巡る議論のために2019年10月1日に記したものです。この質問に対しての回答はいまだ得られていません。

 

  1. 財政破綻はいつなのか?
    財政規律派は財政ファイナンスがはじまって以来、常に「財政破綻」のリスクを喧伝してきた。代表例は、浜矩子氏(今年こそ破綻すると記述した本を毎年出版)、朝日新聞論説委員の原真人氏(「ま、その、私もオオカミ少年のようにですね…警報を鳴らしてきたわけですが…」先日のTVでの発言)らである。しかし、財政ファイナンスも7年目に入ったが、400兆円規模の国債を日銀が呑み込んでも、いまだ国債暴落・金利急上昇とかいった、財政破綻の兆しは全く見られない。
    財政破綻はいつなのか?また、どういう状態に陥ったときに破綻するのか?
    「いつか」なら予言である。


  2. 「借金」がいくらになると破綻するのか?
    現在の公共部門(国と地方自治体)の「借金」は約一千数百兆円、GDP比240%である。しかし、既に2003年、借金がGDP比140%の時に東大の伊藤隆敏氏、吉川洋氏ら8人の錚々たる経済学者らが、借金が200%になると日本経済は破綻するという提言を行っている[i]。しかし提言から12年、借金がGDP比240%になっても破綻していない。

 

  1. いつまでに財政規律を実現するのか?
    財政規律が必須なら、いつまでに財政規律を実現するのか、段階的であれ何であれ、目安となる期間を示す必要がある。

 

  1. 財政規律の財源は? 税収なら、どのくらいの増税が必要なのか?
    財政規律派≒財政ファイナンス危険論なので、財政規律を実現するための財源は、実際のところ①増税、②経済成長による税収増加、③インフレによる借金の目減り、④財政支出の削減、の4つしかない。例え、20年で財政規律を実現するとしても、大幅な増税が必要となり、その結果としてGDPが減少して「借金」のGDP比は増加する可能性すらある。財政支出も同様で、極端に削減する必要があるが、その場合GDPが減少して結果的に借金は増加する。経済成長が中国並みなら、30年程度で「借金」を返済できる可能性はある。しかし、その場合「どうやって」成長するのかが大きな課題である。


<コメント>

日本の貨幣制度は、金本位制でなく銀本位制でもなく、不換紙幣制である。増税によって政府の黒字が増えた分だけ、民間で流通する貨幣量が減少し、経済活動は低下する。「政府の黒字=民間の赤字」「政府の赤字=民間の黒字」である。

 

 

[i] 「景気の低迷と特別減税のもたらした税収不足、さらに景気刺激のための度重なる 補正予算の発動により、政府部門の債務・GDP比率はすでに140%に達している。毎年7%の赤字を出し続ければ、あと8年以内に債務・GDP比率は200%に達する。 この水準は、国家財政の事実上の破綻を意味すると言っていい。」

提言グループ代表:伊藤隆敏東京大学先端科学技術研究センター教授)、吉川洋東京大学大学院経済研究科教授)

メンバー: 伊藤元重東京大学)、奥野正寛(東京大学)、西村清彦(東京大学)、八田達夫東京大学)、樋口美雄慶應義塾大学)、深尾光洋(慶應義塾大学)、八代尚宏日本経済研究センター

経済政策の失敗は極右を招く―フランス新大統領マクロン氏への提言


掲載にあたって:この文章は2017年5月のマクロン大統領当選に際して記したものです。残念ながら、この懸念は現実のものとなりました。

 

フランス大統領選挙では事前の世論調査通り、マクロン氏が勝利し、極右政党であるフランス国民戦線マリーヌ・ルペン氏が大統領になるという事態を避けることができました。まずは、排外的なフランス大統領が誕生しなかったことを喜びたいと思います。

 

しかし、残念ながらことはそう単純ではありません。マクロン氏は排外的な価値観を否定し、EUの重要性を訴えて来ました。その点には心から賛成しますし、EUの問題点を改善し、よりよい共同体とするためマクロン氏には期待しています。

 

私が懸念するのは、マクロン氏の経済政策です。
彼の経済政策に関してはざっと目を通しただけですが、それでも「財政緊縮的」「貿易規制緩和的」「労働規制緩和的」な面が強いこと、言い換えれば「新自由主義的」な色彩が濃いことに懸念を覚えます。特に「公務員削減で財政赤字解消」と掲げていることが問題です。これは一見、改革主義的で人々の支持を受けそうな政策であるものの、かなり危険な政策でもあります。公務員改革はある程度必要でしょうが、単なる人員削減は公共サービスを削減することと同義で、社会的に弱い立場の貧しい人たちにしわ寄せが行かないか心配です。また財政規律を重視しすぎて緊縮的な財政政策を進めれば、景気と雇用状況が悪化し、さらなる格差の拡大を招く可能性があります。フランスの失業率はここ数年10%を超えており、特に若年層の失業率が突出して高くなっています。これらの問題の背景に、EUの経済政策の機能不全があることは否定できないでしょう。欧州連合新自由主義的な自由貿易政策は正しく機能しているのか、共通通貨ユーロを持つことはEUの共同体としての結束を高め、ヨーロッパの価値観を実現していくことに寄与するのか、という問いかけは、マクロン氏自身も答えるべき重要なものです。


選挙は終わった時がはじまりでもあります。
マクロン氏が経済政策に失敗し、オランド大統領のようにフランス国民の支持を失えば、次の選挙ではルペン氏が大統領となる可能性もあります。そして、緑の党を含むリベラル勢力は次の選挙に備えて適切な経済政策を提案するとともに、マクロン氏にその実施を求めるべきしょう。

 

フランス史上最年少の大統領となったマクロン氏が、歴史的資料の分析から格差の拡大を防ぐためには経済格差問題の専門家でもあるフランスのトマ・ピケティ氏、そして欧州統合に期待を寄せながらも、ユーロの問題点を指摘しているスティグリッツ氏らをアドバイザーに起用し、適切な経済政策を打ち出し格差を是正するよう願っています。