消費税の複数税率化(軽減税率)についての見解―「ティーケーキ」はケーキ?それともビスケット?

掲載にあたって:2013年に記した文章です。その後、2019年に軽減税率が導入されました。
 
1. 軽減税率について
 消費税は一般的に、逆進的で不公平な税と言われます。支出額を基準に考えれば、消費税は比例的な税(買い物した金額に比例して多く負担する税)です。しかしながら、所得が大きい人ほど所得の大きな部分を貯蓄するので、高所得者ほど所得に占める消費税負担の割合は小さくなります。この不公平性を緩和するために、消費税の増税の際には必需品(食糧品、エネルギー、場合によっては新聞など)に対して軽減措置を導入せよという意見があります。しかし、軽減税率は不公平性を緩和する効果をもたず、税制を歪め税収を損ない紛争を引き起こす結果をもたらします(詳しくは、西山由美(2011)「EU付加価値税の現状と課題-マーリーズ・レビューを踏まえて-」『フィナンシャル・レビュー(財務省財務総合政策研究所)』平成23年第1号、pp. 146-165を参照)。


2. 高所得者の方が利益を受ける軽減税率
その理由としてはまず、必需品とされる財はいかなるものであれ、必ずしも低所得者だけが購入するものではありません。高所得者も食糧やエネルギーを必ず消費しますし、そうした品目への支出の絶対額(使うお金の総額)は低所得者よりも大きくなります。ですから、複数税率によって利益を受けるのはむしろ高所得者なのであり、税負担の公平性を高める効果はありません。


3. 「ティーケーキ」はケーキ?それともビスケット?
 次に、軽減税率の対象品目と非対象品目を区別することは難しく、商店にとっても税務職員にとっても厄介で無益な仕事を増やし、場合によっては訴訟沙汰を引き起こすことにつながることが挙げられます。例えば、イギリスではティーケーキ(図)が、ケーキなのかビスケットなのかを巡って裁判になったことがあります。これがビスケット(標準税率対象)に分類されて12年間にわたり課税されてきたが、これはケーキ(軽減税率対象)だから余計に払った350万ポンドの税を返せという、大手小売会社からの訴えに対し、最高裁が「ケーキである」との判決を出したのです。他にも、ハンバーガーショップで食べた場合とお持ち帰りした場合や、軽減税率の対象商品と非対象商品が一つの箱に入れられて売られている場合などで、さまざまな厄介ごとが発生しているのが実情です。このような問題を引き起こさないように、軽減税率を導入しない前提で設計されたカナダやニュージーランドシンガポールなどの消費税からは多くのことを学ぶことができます。低所得者の消費税負担を軽減しようとするなら、給付付き税額控除(低所得者が申告すれば支払った消費税を返してもらえる制度)を導入する方がはるかに効果的で望ましい施策だと言えます。


4. 必要なのは、軽減税率導入の経験を学ぶことと、それを誠実に説明すること
「軽減税率を導入すれば低所得者の負担軽減になる」という意見は、一見、低所得層に配慮し、社会的な公正を追及するもののように思えます。しかし、税制というものは導入前には予想もできなかった副作用をもたらすことも多く、また、期待していたような効果が出ないこともしばしばです。軽減税率は欧州をはじめ世界各国で既に導入されており、その影響や効果についても詳しい研究が行われています。軽減税率についての導入を検討する前に、私たちは各国の経験に学ばなければなりません。2010年に発表された軽減税率についての研究の集大成である『マーリーズ・レビュー』は、軽減税率について、「軽減税率は低所得者の負担軽減にはならない」という結論を下しました。しかし、日本では、多くの政治家がこの研究結果を踏まえず、「軽減税率の導入」を主張しています。これは、そのほとんどが『マーリーズ・レビュー』を読んでいないからだと考えられ、明らかに勉強不足です。
 軽減税率のように、税制は実情とはかけ離れた「イメージ」が先行しているものも多く、導入の議論の前に必ず事例を学び、それを誠実に説明する責任が政治家にはあると、私は考えています。従って、私は安易な軽減税率の導入論に賛成することはできません。必要なのは、より公正な再分配のしくみであり、それは軽減税率ではなく給付付き税額控除(低所得者が申告すれば支払った消費税を返してもらえる制度)だと考えます。
 

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