反緊縮経済学の3つの潮流
掲載にあたって:この文章は「ひとびとの経済政策研究所」に掲載されている松尾匡氏の文章を元に、2019年にまとめたものです。
私たちの言う反緊縮経済学には、左派ニューケインジアンと現代貨幣理論(MMT)、および公共貨幣論(信用創造廃止論)という3つの潮流があります。いずれも反緊縮の政策に対して有効な示唆を与えてくれるものですが、問題意識や考え方、用語の定義などに根本的な違いもあり、互いに激しい論争もあります。
左派ニューケインジアンは、米国のケインズ派経済学者たちが、政府介入が無効だとする新しい古典派に対抗しながらも、その数学的手法や「合理的予想」という考え方を取り入れて、財政支出や金融緩和の有効性を示す理論として発達させてきました。
現代貨幣理論(MMT) は、財務省と中央銀行の財政支出に関する実務を観察し、政府が税金を取らなくても政府支出が可能なこと、それどころか政府が支出して「赤字」を出すことによって、初めて世の中におカネ(準備預金や国債)が出回ることなどを明らかにしました。彼らは、量的金融緩和は無効だとして左派ニューケインジアンを批判します。また、次の公共貨幣論の考え方にも否定的です。
公共貨幣論は1929年以降の米国の世界不況の中から、民間銀行の信用創造(貨幣創造)がバブルや不況を引き起こすというフィッシャー教授の分析から生まれたものです。銀行の信用創造をやめさせるために、銀行の準備預金率を100%にすることと、政府が直接に貨幣を発行することを求めています。
表 反緊縮経済学の三潮流
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左派ニューケインジアン≒リフレ |
現代貨幣理論(MMT) |
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問題意識 |
新しい古典派による政府介入無効論への対抗。 物価の安定と経済成長と最大限の雇用の実現。 |
均衡財政主義の弊害。 信用バブルの発生。 インフレ防止と雇用の両立(フィリップス曲線の否定)。 |
政府債務の増大。 債務貨幣システムの持続不能性。 民間銀行の信用創造(貨幣創造)による支配力批判。 貨幣発行権が政府ではなく銀行に握られていること。 |
国債は貨幣か否か |
国債を貨幣だとは見なさない。 |
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政府の一部であり、政府と協調すべき存在と考える |
政府の一部であり、政府と協調していると考える。 |
中央銀行は、民間銀行の代理機関だと考える。 |
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量的金融緩和 |
実質金利や為替レートの操作に一定の有効性があると考える |
無効、つまり貨幣と貨幣を交換しても意味がないと考える。 |
無効と考える。政府が赤字を出すなら、貨幣を発行した方がよい。 |
政策提言 |
インフレが許容範囲である限り財政赤字を問題にしない。雇用保障プログラム。 |
銀行に100%の準備預金を義務づけて、信用創造を廃止する(シカゴプラン)。 政府の貨幣発行権の確立。 |
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主な「仮想論敵」 |
緊縮派、新自由主義者、新しい古典派 |
左派ニューケインジアンを含む「主流派経済学」 |
政府の貨幣発行権を支配する民間金融機関 |
代表的論者 |
クルーグマン、レン=ルイス、ウッドフォードほか |
レイ、ケルトン、ミッチェルほか |
フィッシャー、ザーレンガ、初期フリードマン、ブラウン、山口薫ほか |
共通する考え |
<財政> |